大学町の風景―卒業式と入学式

2011.11.23

ケンブリッジを朝散歩していると、ガウン姿のセレモニーが始まる前の人たちに出会った。

大学町であるオックスフォードとケンブリッジでは、毎日のようにガウン姿の人々に出会う。試験でも着用するし、カレッジのディナーでも古くからの保守的なガウンは毎夜ガウンの着用が義務付けられている。
おまけに、毎週末といってもいいぐらい卒業があるので、ガウン姿をみることは珍しくない。

日本では入学式が4月、卒業は3月と決まっているが(このごろ大学では秋学期入学も増えてきてはいるが)、多数の博士課程の学生を抱えているオックスフォードとケンブリッジでは、同時期に卒業式などすると収容できるホールもなくパンクしてしまうので、博士課程の授与式はかなりばらけている。そして別に博士号をもらったからといって、すぐに卒業式(博士号授与式)をすることもない。いくらでも伸ばせるので、いつか息子が卒業するときにという壮大な夢を描いている人もいるし、結婚前にとか、海外に行くのでなにかの折にイギリスに戻ったらという人もいる。

入学式と卒業式は基本的には観光客が見ても、どちらだかわからない。同じようなガウンを着ている。ただ、卒業式または学位授与式はセレモニーが終わった後はそれまで手にしていた帽子をかぶってもいいので、学生たちが帽子をかぶっていたらそれは卒業式が終わったということ。でも式が始まる前は帽子を手にしているので、帽子を手にしている人がいたらおそらく卒業式前。そして入学式のほうがやはりなんだかみんなの顔がういういしい。セレモニーの最中には黒ではなくそれぞれの学位を示すカラフルなガウンを着用するが外に出るときは黒のガウンである。

学位授与式はオックスフォードではすべてラテン語で行われる。年配の先生はもちろんいうべき言葉はすべて暗記しており、若い先生の中には手にカンニングペーパーのようなものをもっていていてちらちら見ている人もいる。
学部と修士はまとめて授与されるが、博士だけは一人ずつ副学長の前にこうべを垂れ(学長は名誉職なのでセレモニーは実質的な学長である副学長が行う)「”Do fidem”(神の御ままに 誓います)」とラテン語で言う。

何百年も前から続いているのだろうこのセレモニーはやたらと仰々しいのだけれど、
クリストファーレンが設計したオックスフォードの式典用のホールであるシェルドニアンシアターは、音響効果が最悪でしゃべる声が上に響いて、列席者や身内などの見学者は、卒業生が何を言っているかほとんど聞き取れない。しかし、まあ天の神様は聞いてくださっているのかもしれない。

世の中には変わっていくことの快適さと変わらないことの気持ちよさがある。
オックスフォードも毎年試験の際のガウン着用は面倒だとかいろんな理由でガウン廃止の意見が出ているけれど、ガウンを着ることや卒業式のラテン語の祈りなど変わらないでいてほしいものがある。
オックスフォードやケンブリッジでガウン姿を見かけると、一生のうち何年かは(一生涯それが続くという日ともこの二つの町には多いけれど)、学問に集中できる日があるというのはすばらしく幸せなことに思えて、いつもがんばれと声をかけたくなる.