勘三郎が逝って一年ー評論の限界

2013.12.07

今晩フジテレビで21:00から、「勘三郎最期の言葉」が放映される。
十八代目中村勘三郎が逝って一年。
それ以来、勘三郎に関する書籍を何冊か読んだが、
心を打たれたのは、
関容子『勘三郎伝説』にあった片岡仁左衛門の弔辞全文と
喪主勘九郎の
「こんなに愛されている人の息子に生まれたこと、本当に幸せです」の謝辞、
そして、『中村勘三郎 最期の131日』の中で、
妻好江さんが、
つらくて本葬をエスケープしようとかんがえていたら、
大竹しのぶが
「ダメだよ、好江ちゃん、勘三郎の奥さんでしょ。これは中村勘三郎の仕事なんだよ。
仕事を支えるのは、好江ちゃんの役目だよ。
これは好江ちゃんの仕事なんだから」と諭した言葉。
本当に惜しい人を失くしたと改めて思う。

自分が分野は同じ芸術というジャンルの中で美術史をしながら
こんな生の言葉に勝るどのような評論もできないと、評論というものの限界を感じる。
しかし、現実に語りきれなかった言葉を
つぎに紡いでいくのが自分たちの仕事なのだと考えて、
今日も埋もれている資料を読んでいく