南部美人 Southern Belle
2010.04.09
アール・デコ期の陶磁器に描かれた美人画の中にはアメリカの実在の女性も登場している。その一例が、南部美人=Southern Belleと呼ばれた女性で、Southernは「米国南部の」、Belleはフランス語で「美しい」を意味する。写真はオールド・ノリタケのSouthern Belle皿である。ノリタケのデコの作品として最も人気の高いアイテムのひとつである。
アメリカで一般的に南部美人といえば、南北戦争以前の時代の南部の上流階級の結婚前の女性を指す。実在する南部美人として最も知られているのがケンタッキー州ルイビルのサリー・ワード嬢である。ジョージ・ピーター・アレクサンダー・ヒーリー(1813~1894) により1860年に肖像画が描かれ、現在ルイビルのスピード美術館で展示されている。
サリーは15歳のとき地元の新聞でケンタッキー州一の美人(=Belle)と報じられ、やがて南部一の美人(=Southern Belle)と呼ばれるようになった。本名はサリー・ワード・ローレンス・ハント・アームストロング・ダウンズで、このように長い名前を持つのは、旧姓のワード以下がミドルネームとして四度結婚したそれぞれの夫の姓を名乗ったからである。
彼女は21歳のとき、ボストン在住のローレンスと結婚するが、堅実な東部の暮らしに不満で、夫も派手な妻に嫌気がさして、二人は間もなく離婚し、妻は実家のルイビルに戻った。そして彼女はレキシントン在住のハントと再婚し、新居のニューオーリンズで夫妻は連日派手で情熱的なパーティを催した。40歳で夫に先立たれると、間もなく裕福な実業家アームストロングと3度目の結婚をする。50歳でこの夫にまたもや先立たれると未亡人として金銭的に何不自由なく過ごすが、58歳でダウンズと4度目の結婚をした。その1年後に亡くなるまでルイビルで暮らし、南部を代表する美人として今もその名を知られる。
写真に描かれたサザンベルが身につけている大きく膨らんだクリノリン・スカートは、アール・デコより五十年以上も前に流行したファッションである。ここには当時のアメリカ人の古き良き時代への郷愁がある。アメリカ人は発展し続ける自国の繁栄を享受しながらも、のんびりした昔の生活を懐かしく振り返ったことだろう。それがサザンベルの流行となったと考えてられる。